気ままに探訪記|渋谷で万華鏡の今と歴史に触れる

こんにちは。

♯こちら台東企画研究所のワム!です。

先日、実に久しぶりに渋谷に行ってきました。相変わらずの人の多さですね。

そんな中、Bunkamuraで「万華鏡展2019 The Latest Kaleidoscope Exhibition」が開催されていました。

展示会でのガイドによると、今年は万華鏡が日本に伝来してちょうど200年とか(まったく知りませんでした…)。

1819年は文政2年、11代目の将軍・徳川家斉(いえなり)の治世で、当時の万華鏡は大名や豪商たちの貴重な玩具という位置づけだったらしいです。


万華鏡がイギリスの物理学者によって発明されたのが1816年なので、それからわずか3年で日本に紹介されたことになります。

会場がたいへんな賑わいだったのは、日本が万華鏡の歴史を世界と共有していることに由来しているのかもしれませんね。

万華鏡展は今年で17回目を迎えるそうですが、今回は初めての「公募展」でした。


くわえて、Bunkamura30周年記念の催しのひとつとして開催されたこともあったためか、会場には熱心なファンが数多く訪れ、万華鏡を覗いて歓声をあげる人、購入商品を探し求める人など、万華鏡への熱い思いが満ち溢れる賑やかな空間でした。

それぞれのブースに万華鏡作家の方が常駐していて、作品の説明をしたり、お客さんと語り合ったりしています。

実際、説明がないとどうやって覗いたらいいか分からないような独創的な作品もあります。


そんな中、万華鏡制作の実演を行っている作家さんの姿が印象的でした。

来場者には目もくれず、うつむき加減に黙々と作業に打ち込みます。


芸術家というより職人と言ったほうがしっくり来るたたずまいです(作家のプロフィールや略歴等が併設のパネルで紹介されていることもあり、来場者は余計な声は掛けません)。

着物の文様を染める「型紙」を使用した万華鏡のブースでは自然と足が止まりました。


(今年6月に東京ビッグサイトで開催された販促EXPOのイベント会場で、伊勢型紙の拡販を目指している方にお会いしたことをふと思い出します。)

この時見たのは、主に明治・大正・昭和初期の型紙の原版をそのまま使用した万華鏡です。型紙の繊細さを活かすため、ガラスでラミネートしたそうです。


今思うと、実際に制作した作家の方に「型紙ってなんですか」という質問をしてみるべきでした(型紙ってあんまり具体的なイメージが湧かないので…)。


それに、この質問に対し万華鏡の作家さんがどういう回答をしたんだろう、と思うと興味が湧いてくるからです。

万華鏡はもはや、筒の中の合わせ鏡に映るグラフィックだけを楽しむものではないことをこの展示会を見て回って実感しました。


むしろ、おしゃれなインテリアと言ったほうがよさそうなくらいです。

目で見て、手に取って、丸ごと楽しむことができるものへと万華鏡はいつの間にか大きく変貌していました(サラリーマンのおじさんがごく普通の生活を送っていて万華鏡に接する機会は基本ありません。ぶらぶら歩きもしてみるものですね)。

1980年代のアメリカで、若く才能を持った作家たちが万華鏡の可能性や創造性に気付き、それまでになかったタイプの万華鏡が作られるようになったのがきっかけです。


今から2、30年前に、万華鏡はオモチャからアートへと変貌する大きな転換期を迎えていたわけです。


以来、万華鏡は規格大量生産型の玩具であることをやめました。


新しい素材を取り入れ、芸術性の高い、高付加価値のある作品を、新技術を用いて作り上げるという一大ムーブメント。


仮に、そうした変革の機運が起こらず、その後の創意工夫や試行錯誤の歴史もなく、ただ大量生産の上にあぐらをかいているだけだったとしたら、万華鏡は廃れてしまった、なんていう事態もあり得たでしょうか。

所詮「歴史のif」でしかない空想ですが、生活必需品ではないからこそ余計に、史実とは異なる道を歩んでいた場合の万華鏡の趨勢(すうせい)が気になりました。

渋谷の再開発プロジェクトが進行中のため、帰りの駅のプラットフォームは工事中です。


今年2月に渋谷に来た時は、同じ場所から眺める先には立ち並ぶお店や事務所の建物などがありましたが、今やその面影はなく、見渡す限り工事現場が広がっています。

時が流れゆくさびしさを味わいつつ、新しい渋谷駅や街並みにどんな創意やアイデアが取り込まれることになるのか、ちょっと興味が湧いてきますね。

ワム!

印刷物の制作ディレクターをしています。
埼玉生まれ。ツイッターでペット動画を見て癒されるという習慣を最近覚えました。フレブル、ボステリ好き。